哲分が足りない!

哲分が足りない!

幸せになりたくない人などいない

吐き出しの作法

f:id:vumi:20210222154107j:plain

言えばいいってもんじゃない

不満は吐き出さないと収まらない!

正しく吐いて心も守る!

 

不満を溜め込むのは心にも体にもよろしくない。

しかし、昨今ではこの不満の吐露でさえ、気を使う必要がある。

ネット上の公の場、つまりはSNS等で行う事で、

それは不必要に助長されたり、不満増大の原因になるからだ。

 

ネット上には様々な意見、立場の人間がいるので、

貴方に賛同する者、否定する者が必ずいる。

絶対にどちらかに偏る事は無い。

 

仮に、賛同を得たとしよう。

貴方の不満に賛同する者がいれば、

貴方は「自分の不満は正しい。支持されている。不満の解消は正義だ」と思う。

そして不満解消の為の言動が正しいと思い込み、言動が過激化していく。

 

逆に、否定されたらどうだろうか?

「自分はこんな不満を抱えているのに、何故分からない!」と、

周囲の不理解に不満を抱く事だろう。

「周囲の理解が足りないのは、周囲が愚かだからだ」と。

不満を感じているのは、本人には紛れもない事実であり、

それを誰とも知らない人に否定されるのだから、不満は増すばかりだ。

 

結局のところ、肯定されても否定されても同じ事なのだ。

それによって不満が解消されるわけではない。

しかし、最初にも書いた通り、不満は吐き出さなければ体に悪い。

そこで、吐き出しの作法というのが必要となる。

 

1,最初に「これは只のグチで、解決策を求めていない」と宣言する事

2,表現は、具体的な事実を並べる

3,個人の問題を全体の意見にしない

4,吐く相手、場所を選ぶ 

 

 それでは、順番に見ていこう。

 

1,最初に「これは只のグチで、解決策を求めていない」と宣言する事

これを告げずに「雰囲気で察して」とやるから失敗するのだ。

もし、最初に言い忘れてしまった時は、気付いた瞬間に謝罪しよう。

「ごめん、これはタダのグチなんだ。聞いて欲しかっただけ」と。

その一言だけで、グチに関する大半の問題は解決する。

 

 

2,表現は、具体的な事実を並べる

SNS等の公の場や友人に文面で愚痴を吐き出したい時は、

表現をあいまいにせず、具体的な事実を書き出す事を心掛けよう。

「あのコメンテーターがあの問題についてふざけた事言ってた! ムカツク!」

と、これでは何が問題で、何に怒りを感じているかが分からない。

 

例えばSNSに書き込むのであれば、

「あのコメンテーターがあの問題について、「アレコレ」と言ってた。

 でも、自分はこう思うからムカついた!

 今回はグチ吐きたかっただけなんで、スルーでお願いします!」

 

そう書いても絡んでくるような連中は、人の話も聞けない連中だ。

そういう人はどんどん無視して構わない。

先に述べたように、肯定でも否定でも、貴方の毒にしかならない。

 

 

3,個人の問題を全体の意見にしない

「これだから男ってヤツは」とか、個人レベルの話を全体に広げない事も重要だ。

血液型で考えてほしい。

血液型を理由にダメだと貴方が言われたら、それはおかしいと言うだろう。

それと同じ事で、個人レベルの話をその関係、周囲を含めた評価にしてはいけない。

 

同様に、周囲の評価を自分の評価と勘違いする点にも注意が必要だ。

有名人の友人がいるとか、会社の業績を自分の事のように語る人がいるが、

「で、今ここにいるアンタは何者なの?」という問いに答えられなくなる。

自己の存在価値を他者に依存している内は、自身の幸せなど見つかりはしない。

 

同様に、他者の価値をその周囲と同様に語る事は、偏見や誤解の元でしかない。

もっとも、類は友を呼ぶ、という言葉の通り、

同じような人種は集まりやすい傾向にあるから、これは絶対というわけではなく、

何かを語る時や、相対する時の心構え程度に考えておくのが良いだろう。

 

 

4,吐く相手、場所を選ぶ

友人だからと言って何を言ってもいいわけでは無いように、

愚痴も吐く相手、場所を選ぶ必要がある。

 

実を言えば、私がここに書いている理由も、そのひとつである。

自分のPCの中にだけ保存するのでは面白味もなく、

誰でも見られるが、誰にも見つからないような場所。

その感じが丁度良いので、ここで色々と書いている。

 

愚痴とは「多少なりと理解してくれる相手」に吐く傾向にあると思う。

結婚生活の愚痴を独り者にした所で、理解してもらうのは難しいだろう。

その物事を理解していない相手に話しても「へー、そーなんだー」が関の山だ。

これでは否定や肯定どころか、共感も得られない。愚痴にならないのだ。

 

その点、ネットというのは広大なもので、どこかしらに理解者がいて、

少なくとも共感してくれる相手がいる。

家族や友人に言いづらい内容であれば、ネットの方が懐が広いのだ。

 

また、基本的に愚痴というのは負担の押し付けてもあるので、

押し付けた相手の事はちゃんと労わってあげなければいけない。

愚痴を言ってこっちはスッキリ、相手は疲労困憊、なんてこともある。

 

 

以上4点を踏まえて愚痴るのであれば、自分にも他人にも良くなるだろう。

加えて、不満というのは喋る、書く以外の方法でも解消可能だ。

なに、バッティングセンターで打ち込めとか、穴を掘って叫べというのではない。

 

創作する事だ。

文章を書く、料理を作る、絵を描く、音楽を奏でる、歌う…

不満から生まれるエネルギーは大きい。

そのエネルギーでもって、自らの不満を表現するのだ。

 

これは上手い、下手を競っている物でもないから、気負う必要は無い。

色々と試してみて、自分が苦にならない方法を取ればよい。

私の場合は文字だったが、最近は動画編集の面白さも分かってきたので、

そのうち、そちらでも作ってみようと思っている。

 

そうして表現を作り上げていく内に、不満というのは溶け出していく。

作品としてどこかに提示する頃には、元の不満など忘れている事だろう。

不満というものは蓄積しても決して良い結果にはならないのだから、

日々、少しずつ消化していくのが良いのだ。

 

そうしていても抱えきれない程の不満があるようなら、

今、貴方の置かれている環境を変えなければならない。

不満の少ない場所、世界というのは必ずあるのだから。