哲分が足りない!

哲分が足りない!

幸せになりたくない人などいない

お金が足りない!

QR決済は侵略者!

現金、交通IC系、クレカが三種の神器

 

昨今、様々な支払方法が増えている中で、

QRコード決済は様々なキャンペーンを打ち出しつつ、

その普及に躍起になっている。

 

では、何故そこまで躍起になっているのかを考えた事があるだろうか?

店舗を経営している方なら、様々な営業を受けたことがあるだろう。

機械代は無料だからとか、手数料が安いだとか。

そういった話を持ち掛けられて、レジ横に端末を置いた方もいるかと思う。

 

そうまでして広めたい理由はただ一つ。

新しい金のなる木を育てる為である。

需要の創出、つまり「欲しい! 必要だ!」を作り出すことは、

商売のやり方のひとつであり、いかにしてこの中で頂点を取るかで、

今後の稼ぎが大きく変わってくる。

QR決済は「新たな需要を作るための装置」なのだとまず、覚えて頂きたい。

 

QR決済が現れるまでの主な決済方法は、

現金、交通系ICカード、クレジットカードの三種類だった。

QR決済は、第四の勢力としてそこに加わる事で、

新たな商売の形を狙ったものである。

 

しかし、日本への進出するには三大勢力が強すぎた。

現金はどこでも使え、偽造対策もしっかりとされている。

(いつぞやは500円玉の偽造などもあったがすぐに対策された)

加えて、名前は違えど全国共通の交通系ICカードは、

駅やバスから始まり、今ではコンビニや自販機でも使える幅広さを持っている。

 

そして大きな買い物などで使えるクレジットカード。

大金を持ち歩かずに家電量販店で買い物ができ、支払いは翌月以降。

使いすぎが気になる方には口座直結のデビットカードなんてのもある。

 

どこでも使える現金、少額を携帯できる交通系ICカード、大金を使えるクレカ。

このスキの無い支払い方法の中で、QRはどうしても見劣りしてしまう。

そこで行われたのが、現実離れした大幅な還元キャンペーンである。

半額、時には全額等といった異常な還元キャンペーンを行う事で、

人々の注目を集め、利用者を増やすという方法に出たのだ。

結果的に、僅かながら、日本の決済方法の一部として、

QR決済は浸透するに至っている。

 

 

 

 

では、QR決済の利点を改めて考えてみよう。

・現金を持たずとも、スマホがあれば買い物ができる

・現金で支払うよりもスムーズ

・コロナ下では非接触が有効。現金は雑菌だらけだし

・個人情報に紐づいた購入履歴がビッグデータとなる

ビッグデータから店舗の営業実態を掴め、脱税を防げる

・還元キャンペーンによる顧客側の利益

 

とまぁ、こんな所だろうか。

では、現在の三大勢力でこれができないのかといえばそうでもない。

・現金を持たずとも、スマホがあれば買い物ができる

交通系、クレカ共にスマホでの決済が可能。

 現物でもどちらもカード1枚だし、複数持ち歩ける。

 サイフ1枚、定期入れに1枚といった風にも持ち歩ける。 

 

・現金で支払うよりもスムーズ

→スムーズさでいえば、交通系ICに勝るものは無い。

 交通系は「店:支払いは?」「客:交通系で」「店:(金額入力)どうぞ」「客:ピッ」以上の流れで済む。

 これがQR決済だと「店:支払いは?」「客:〇〇payで」「店:(QR用手続き)」「客:(アプリ起動して、金額を手入力)確認お願いします」「店:(金額を確認後)どうぞ」「客:ピッ」

以上のような流れになる。

客の手間と、店の手間が1個ずつ増えているのだから、スムーズさは売りにはならない。

 

・コロナ下では非接触が有効。現金は雑菌だらけだし

交通系IC、クレジットカードでもそのメリットは同様だ。

 

・個人情報に紐づいた購入履歴がビッグデータとなる

→客には関係ない。販売側、もっと言えばQRの親会社の都合だ。

 

ビッグデータから店舗の営業実態を掴め、脱税を防げる

→これは国家レベルでいえば必要な所。

 しかし、完全に紙幣、貨幣が失われない限り、100%にはならない。

 また、クレカならこれと同様の事はできるし、脱税の有無は店舗側の話だ。

 これもまた、客には関係の無い話である。

 

・還元キャンペーンによる顧客側の利益

→客側の最大の利点はこれだが、よく考えてほしい。

 現在主流の現金、交通系、クレカでこれほどのキャンペーンがあろうか?

 確実に販売側がマイナスになっているキャンペーンの反動は、

 いずれ別の形で帰ってくるものだ。

 たとえば、小売店側への負担を増加させるなど、だ。

 そしてその負担は、最終的に消費者への販売価格増加として帰ってくる。

 ちなみに、交通系やクレカの決済手数料(会計ごとの手数料)は、

 3~4%である。

 もっとも、現金での決済なら手数料はかからないのだが。

 

以上の点から、私の出した結論はこうだ。

QR決済は不要。

 これはムリヤリ新たな需要を創出しようとする大企業の罠」

 

確かに、決済から入金までの時間が長くかかるなど、交通系ICやクレカ側にも

課題は多く残っている。

が、その改善を待たずしてQR決済という、不便で代替可能な物に手を出すというのは、

いかにも大企業に踊らされている愚民という構図にならないだろうか?

踊らされるのは嫌いではないが、納得いった上で踊りたいではないか。

 

 

では、三大勢力のどういった運用が理想的なのかと言えば、

1、どこでも使える現金は小銭を1~2万は持ち歩く

2、使用範囲の広い交通系ICカードは数千~2万(限度額)までチャージし、

  財布や定期入れ、スマホアプリ等の複数個所で使える状態にしておく

3、高額な買い物にはやっぱりクレカ。オンラインショップでも快適

という方法をオススメしたい。

 

 

 

 

1、どこでも使える現金は小銭を1~2万は持ち歩く

まず、現金の強みはどこでも使えるという事。

半面、小銭などはかさばるので、持ち運びが大変なデメリットがある。

なので、持ち歩きは数千円~2万円まで、札で持ち歩く事。

小銭は帰ったら即貯金箱へ放り込む。

これで生活できないレベルなら、稼ぎ方か、金の使い方が間違ってる。

給料日前の貯金残高が3~4桁だった頃はこんなだったけど、

そうでも無ければこの方法でいける。

 

2、使用範囲の広い交通系ICカードは数千~2万(限度額)までチャージし、財布や定期入れ、スマホアプリ等の複数個所で使える状態にしておく

たまに「交通系ICカードには電車に乗る度、必要分だけ入れてる」

という人がいる。使いすぎ防止だというが、これでは交通系のメリットである、

「広範囲で使える」という点が活かせない。必要な時に空っぽでは意味が無い。

(そして入金する度に、同行者を待たせてしまうデメリットもある)

最近はセブンイレブンでもチャージできるようになって、

利便性はますます増してきている交通系だ。これを利用しない手は無い。

 

使い過ぎが怖いというのであれば、2枚持ち歩いてはどうだろう?

メインで使う方には今まで通り、使う度に入金するといい。

それとは別に、1~2万円を入れたものをもう1枚作っておき、

なるだけ持ち運ぶものがいいので、定期入れやキーケース、スマホケース等、

財布とは別の所に入れておくだけで、非常事態をかなり乗り切れる。

もちろん、モバイルsuicaパスモ等のアプリを設定しておくだけでもいい。

 

実際にあった例としては、買い物に出て、レジを通している最中に、

財布を忘れたことに気付いた事がある。

その時は、スマホケースに入れていた交通系で支払い、事なきを得た。

 

また、少し遠出の仕事で電車に乗り込み、そこでハッと財布を忘れた事に気付いた。

この時も、やはり持ち歩いていた交通系で電車に乗り、コンビニで買い物をし、

現金無しでもまったく困らずに過ごす事ができた。

 

こと、忘れ物やらうっかりの多い人ほど、予防線が大いに越したことはない。

スマホ等は電源が切れてもしばらくモバイルsuica等は使えるようであるが、

本格的に電源が切れるとアウトらしいので、やはり現物の交通系ICカードは必須だ。

 

3、高額な買い物にはやっぱりクレカ。オンラインショップでも快適

万能に思える交通系ICカードの弱点は、やはり限度額の少なさだろう。

最大2万円までしかチャージできないので、高額な商品は買えない。

しかし、これは一長一短であって、紛失や窃盗にあっても、

被害が最大で2万円にしかならない、という点ではメリットとも言える。

 

さて、高額商品の購入には、やっぱりクレジットカードだ。

アルバイト時代でも作れたくらいだから、最低限一人暮らしのできるレベルなら、

クレジットカードを持つ事はそう難しくはない。

 

クレジットカードは使用期間や支払いの履歴がキレイであれば、

大体50~100万円位までなら利用可能になる。

基本的に一括か、最低でも2,3回のリボで払える買い物をしていれば、

大きく損をする事は無い。

 

クレジットカードもまた、幅広く取り扱い店舗があり、

利用上限額までの高額な買い物ができる。

オンラインショッピングでも、大半はクレジットカードが手数料無料で、

代引きや銀行振込だとその都度数百円の支払いが生じてしまう。

差額分の価格差があれば別だが、大半はそれほどの差がないため、

クレジットカードの扱える店舗での購入にしてしまう事がほとんどだ。

また、購入履歴がはっきりと電子上に残るので、

青色申告に使う経費関係をまとめる時に、非常に重宝する。

 

ただし、クレジットカードでも交通系ICカードでも、

「使い過ぎが怖い」「使い過ぎてしまう」という、

自分がいくら使ったか、自分の所持金を理解できないようなタイプは、

そもそも現金しか使わない様にするか、管理してくれる相方を見つけるのが良い。

 

 

以上3点が、現在の三大勢力を有効活用する方法である。

現金、交通系ICカード、クレジットカード。

今の日本では、この3つさえあれば何も問題ないのである。

一時のキャンペーンに釣られるのも良いが、そろそろ終わりが見えてきた。

 

今一度、お金の払い方について、見直してみてはどうだろうか?

性別の在処

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性別の在処

性別問題の大半は思い込み!

今一度、自分の胸に問うてみよ!

 

なるべく結論から述べるようにしているが、

今回のお題は特に誤解を受けやすいかもしれない。

なので、最初に一番大事な事を断っておくので、

これが理解できない方は、以下を読んでも恐らく理解できまいと思う。

 

誤解を恐れずに言えば、

性別判断は肉体的なものを基準とするべきで、

精神的なものは自他による「性認識」でしかない

という事だ。

 

当然、昨今は性自認で多くの問題が起きている事は知っているし、

自分が脳やホルモンについて専門的な知識が無い事は承知している。

その上で、上記のように言わねば「理屈が通らない」からこそ、

このように述べた。

 

順番に、その根拠を述べていこうと思う。

まず、「心の性別」とはなんぞやという事だ。

身体は男性、心は女性、もしくはその逆等という話があるが、

その心の性別を判断する基準が何か、という疑問がある。

 

「こういう考え方をするから男性(女性)だ」というのであれば、

それは「そういう考え方をするのが男性(女性)」という認識があるからだ。

男性らしさ、女性らしさという概念は、

生まれ育った環境で育まれる「知識」の形でしかない。

 

男性が好きだから女性の心だというのであれば、それは既におかしい。

男性が好きな男性がいるのだから、それを指して女性というのであれば、

それは「男性が好きな男性を否定する」事になるではないか。

それこそ、根底に「異性を好きになるもの」という知識が根付いている証拠だ。

 

異性の方が気が合うし、話が合うから自分の性は体と違う、

というのも理屈として通らない。

同性であっても話が合わない事など多々あるにも関わらず、

「自分の性格、性質」の問題を「性自認」の問題にすり替えているのだ。

 

あえて古臭い言葉を使えば、

オカマが女性のように振舞うのは「自身の中の女性像」を表現しているだけで、

それはイコールで「女性」という事にはならないだろう。

心が女性なのではなく、心の中の理想の女性像に近づきたい、という思いだ。

理想の女性像への憧れを、自分の性別の是非と考える事が間違っている。

当然、逆もまた然り、という事は言うまでもない。

 

性自認が肉体と異なるという問題については、

それまでの人生経験で培われた「異性像」から基準が作られ、

また肉体と同性への「趣味の合わなさ」から始まった、

「性格の違い」を「自分の心は異性である」という突飛な理論で

片付けようとした結果である、と私は考えている。

 

私は当事者ではないが、自身の性別の在処などどうでも良い。

猫好き、犬好きがいるのと同様、異性、同性が好きな者がいて、

それ自体に特殊性も異物感も存在はしない。

あくまでその人自身の「個性、趣味」でしかないからだ。

「個性、趣味」であるからこそ、他人への認知の強要は良くない。

 

貴方がたの趣味趣向は尊重すべきではあるが、

それを生物としての構造としてまで優先する必要は無いと考える。

なので、当初に述べた「性別の判断は肉体を基準とするべき」というのは、

そういった理由からだ。

 

心が女性だから、男性だからと、生物的な仕組みまで変えてしまうという事は、

性差の無い世界が生まれるまでは、必ず問題が出てくるはずだ。

そして、性差の無い世界とは、男女共、性認識を意識しない世界のことだ。

それは、心が男性だ、女性だと言っている今とは真逆の世界だ。

「性別なんてどうでもいいでしょ。私はこう思う」

が普通でなければならないので、

今の人類の理解力では、あまりに遠い世界だといえよう。

 

身体と性自認が異なるという方は、是非早く目を覚まして欲しい。

貴方が声高に叫ぶほど、本来の「性差の無い世界」は遠ざかっていく。

貴方が叫ぶべきは「自分の心は身体と違うんだ!」ではなく、

「私はこれが好きで、これが嫌いなんだ!」という「自己主張」である。

 

違いを許容できる世界こそが、本来目指すべき未来なのである。

違いを強引に認めさせ、形を作り、異論を排除していては、

真に「違いを許容できる世界」はやってこない。

それは見た目上、形式上の異論をなくすだけで、心の内までは変わらない。

 

究極的には、自分以外は全て異物なのだ。

その異物を許容し、ある程度気の合う連中と共に在る事こそ、

人生を豊かにし、穏やかに過ごすことができるというものだ。

それ以外の人とムリにつながろうとしたり、認めさせようとするから、

苦しい状況が生まれてしまうのである。

性自認で苦しんでいる今の人々を苦しめているのは、

無理矢理世間に自分たちを認めさせようとする同類他ならない。

 

では何故、人々は声高に叫ぶのだろうか?

私にはそれは世間に対して「嫌わないで! 否定しないで!」という

悲痛な叫びにしか見て取れない。

それの何が問題かといえば、誰にも否定されない存在はいない

という生物多様性に不可欠な要素が根底にあるからだ。

 

否定されたくないから認めさせようとするのは間違いだ。

自分の中に、周囲の否定に自分が打ち勝てないという思いがあるからだろう。

周囲が否定してくると自分が揺らいでしまうから、集団で叫ぶのだ。

「自分を否定しない世の中になってくれ」と。

 

全てが理解しあえる世界、それは理想郷などでは決してない。

全てが自分と同じ世界など、地獄でもそんな薄気味悪い事はしない。

人は、他人との間に自分と異なる物を見出すから好きになるのだ。

他人と他人との間に、異なる物を見出すから特別に思えるのだ。

誰も特別にならない世界が素晴らしい世界だろうか?

全てが特別ではないという事は、貴方もまた、特別ではないのだ。

いてもいなくても同じ。代替はいくらでもいる。

そういう存在で満ち溢れる事が、理想郷であるハズがない。

しかし、今の人類はゆるりとその間違った理想郷へ進みだしている。

この過ちを認識しなければ、人は単細胞生物と同類になるだろう。

 

この問題を解決するには、順を追って認識を変容させていかねばならない。

 

1,性別の基準を肉体基準にすること

これによって、社会問題の大半は解決し、無駄な費用が消える。

 

2,性別の問題ではなく、自分の趣味趣向の問題と自認すること

性別が肉体と異なるのではなく、自分の趣味が周りと異なるだけなのだと考える事。

二次元が好きだというオタクは、自分の体が二次元で無い事を悲しみはするが、

「心は二次元にある! 二次元の存在を認めろ!」とは叫ばない。これと同様だ。

 

3,趣味趣向の話なのだから、受け入れられない人は必ずいること。そして受け入れられない人に、無理に認識を押し付けないこと

キモがられようが嫌われようが、それが自分の趣味なのだから仕方ない。

否定されることを恐れず、しかし恐れるような場では目立つ事はせず、

理解してくれる仲間内でのみ、十分に表現すればよい。

 

4,理解しあえぬ事を許容する事

最後になるが、これが最大のポイントでもある。

理解できないことは「理解できない事」として認識し、受容すること。

これをムリに理解しようとするから、無駄に苦しんでしまうのだ。

理解できなければそれで良い、という風潮を大事にしなければならぬ。

 

以上が、私の考える性自認についての考え方だ。

これについてはいくらでも反論、異論を待ちたいと思う。

しかし、異を唱える前にひとつだけ考えて欲しいのは、

「自分が男性(女性)と思っているのは、何が基準か?」

という点である。

この点を明確にせずにいては、話が先に進まないからだ。

 

おそらく、人類が上記の所まで認識を変容させる前に、

人は人としての形を失うのではないかと思ってもいる。

VR、ARといった技術の進歩によって、人は自分が思う姿になれるだろう。

結果として、自分の好きな時に性別や容姿を変えられるようになり、

性別という概念が無くなっていくだろう。

たどり着く先は結局「自分と相性の良い相手は誰か?」になる。

 

どちらの未来が先かは分からないが、

私自身の目でその世界が見られないであろう事は分かっているので、

それが少し、残念でもある。

「家族だから」をイイワケにしない

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家族といえど別の人間!

自分の人生とは分けて考えよ!

 

「家族の形」と一言で言っても、その形状は千差万別で、

各々に理想があったとしても、どれが正解、というものがない。

それは個々の人生にも言える事で、正解の分からぬままに進むわけだから、

人によってはそれを苦痛や不安に感じる事もあるだろう。

 

教科書通りの計算式とは違い、理想に近づけようとするあまり、

自分に負担を掛け過ぎてしまい、自重で潰れてしまうこともある。

努力をすること自体は間違いではないのだが、

理想通り「でなければならぬ」と思ってしまうと、間違いが始まる。

 

しばらく人生を生きてみると、次第に見えてくるのは、

「万能と思っていた親の無能さ」「大人のふがいなさ」であろう。

そしてその思いは、やがて自分へも向けられてくる。

大人だと、立派だと思っていたものに近づいてみると、

みんな努力をして体裁を保っていたり、見栄を張っているだけだったりする。

 

そんな大人たちが作り上げた組織の最小単位が、家族だ。

それぞれの思いが元になって一緒にいるとはいえ、

子供も含め、最終的には「自分とは異なる存在」だ。

それを「家族だから」という理由で必要以上にかばってしまうと、

自分への負担というものは、他人にしたそれと同等以上の負荷になってくる。

 

家族だから一緒に居なくてはいけない。

子供は親に従わなくてはいけない。

家族とのつながりを他より一段高く置いておく・・・

 

そんな「家族だから」という程度の理由では、人間関係は安定はしない。

なぜなら家族といえど一個の「人間」の集団であり、

人間は個々に異なる性質を持つ存在だからである。

異なる性質を持ちながらも共に在ろうとするのであれば、

「家族だから」という言葉はイイワケにしかならないのである。

 

家族だから一緒にいるのではなく、共に在りたいから家族である、

という気持ちが無ければ、いずれどこかでその家庭は崩壊するだろう。

家族だから仕方なく養ってやるとか、

家族だから仕方なく面倒を見てやるとか、

そういった感情が芽生えた時点で、人間関係の破綻は始まっているのである。

 

恩返しをしたいと思われるような大人になること。

昨今の人々からは、その思いが抜けてきているように思えてならない。

家族だから老後の面倒を見なければとか、

家族だからニートを養っていかねばならないとか、

「家族だから」というイイワケバリアを作る事で、

自分が優遇される状況を作り出してはいないだろうか?

 

老後の面倒を見てほしければ、そうされるだけの事をしてあげなければならない。

これまで自分がそういった事をしてこなかった人は、

いざという時は孤独死すらも想定して生きていかねばならない。

 

また、介護したりする側の人々も、「家族だから」と思ってはいけない。

ロクでもないヤツであれば、ぽんと放り出してしまえば良いのだ。

それを「家族だから」とニートさせたり放置したりするから、

結局自分たちが食いつぶされて、幸せな結末へは至れまい。

 

「家族だから」という言葉を捨て、相手を一人の人間として見る事で、

その相手に対する正しい評価、正しい対応は見えてくるはずだ。

それはもちろん、自分自身にも言える事である。

 

私は親族だからという理由で、姪や甥達に好かれたいとは思わない。

私という一人の人間として接し、彼女らを大切にし、真摯に向き合う事で、

一人の人間として、大人として、認知されたいと思っている。

 

だからこそ、自分の本心から「大好き」とも言えるし、

これまでの経歴でたった一度でも、彼女らを「嫌い」と言った事もないと、

自信を持って言えるし、また幸いなことに、彼女らもとても良い子に育っている。

今でも懐いてくれているのは、ひとえに、自分がこの「家族だから」という

理由に甘えず、一人の人間として接してきたからだと思っている。

 

結果、あの子達が将来、自分に対してどんな思いを持ってくれるかは分からない。

しかし、それがどんな形であれ受け入れる事が、自分の人生に対する責任だ。

願わくば、あの子らに子供ができた時、自分がされていた事を思い出して、

愛情をもって接する事の出来る大人になってくれれば、これ以上のことはない。

花粉症一年生に送る対策話まとめ

今週のお題「花粉」

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今週のお題に乗り損ねたようなので、

前回の話をまとめて持ってきてみる。

 

vumi.hatenablog.jp

vumi.hatenablog.jp

花粉症一年生に送る対策話(後編

お題「花粉症一年生へ」

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今年から花粉症になってしまった、

もしくは花粉症っぽいけど認めたくない貴方に贈る、

花粉症上級者からのアドバイスをまとめたいと思った今回のお題。

 

早速、前回の続きから、紹介していこうと思う。

もし、前回を見ていない方がいれば、是非、前編からご覧頂きたい。

 

 

3,出先:目薬は必携アイテム

 

外は目と鼻を焼くような見えない地獄の世界である。

更に季節風が強く吹き荒れ、目はガンガンに花粉を撃ち込まれてしまう。

そこで目を掻こうものなら、惨劇は止まらない。

手や衣服に付いた花粉が、目にゴシゴシと押し込まれるのだから――

夏の虫刺されが可愛く思える程の痛みが、貴方の目を襲うことだろう。

 

そこで常備しておきたいのが、目薬だ。

以前、花粉対策等を謳っていない目薬でも多少効果はあったのだが、

折角なので目のかゆみ、アレルギー対策と謳っているこちらを使っている。

 

jp.rohto.com

ちょっとでも「目がかゆい」と感じたら、掻く前にこれを使って欲しい。

ヒドイ時は、目の端をちょっとこすっただけでも後悔するのが花粉症だ。

目には触らず、目薬は常に手元に置いておくと良い。

 

 

4,帰宅時:衣服の花粉を落とす

 

花粉症患者の常識として、家に入る前に服を一通り叩いておく、というものがある。

衣服についた花粉を払い落とすのが目的だが、それにも限界がある。

しかし、家に入った瞬間から裸になるワケにもいかない・・・といった時に、

頼りになるのがこの商品だ。

 

www.myrepi.com

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上記のQ&Aによれば、ハウスダストを固めて衣服から落とす、という仕組みらしい。

玄関でこれを使い、全身の花粉やハウスダストにスプレーすることで、

家の中への花粉の侵入を抑制する事ができるというわけだ。

 

ただ、これは後にも書くが、あくまで「花粉を落とす」だけである。

落ちた花粉を掃除機などで除去する事で、初めて花粉の撃退は完了する。

花粉との戦いは、床掃除まで続く、という事を忘れてはいけない。

こまめな床掃除こそ、花粉症対策のキモと言えよう。

 

こういった時に、ロボット掃除機は大活躍する。

出掛ける前に仕掛けておけば、ほとんどの床を掃除をしてくれるからだ。

そして、この掃除の効率を上げる意味でも、次の項目は重要になる。

 

 

5,自宅にて:加湿して、ドラムを回せ

 

花粉やハウスダストが人に影響するのは、呼吸からである事が多い。

その為、空気中にヤツらが舞い散らせない為に、空気清浄機――

ではなく、加湿器が重要になる。

 

ハウスダスト対策として30cm以上の高さのベッドが推奨されるように、

ハウスダストは足元から舞い上がり、人の動きで空気中に広がっていく。

その動きを少しでも鈍らせるコツは、湿度を40-60%程度に保つ事だ。

また、湿度が高いと呼吸にも優しくなるので、ノドや鼻を労わる事ができる。

空気清浄機と併用する事で、更に高い効果を得ることができるだろう。

 

そして極めつけは、ドラム式洗濯乾燥機の導入である。

花粉の時期の外干しは、花粉が衣類に付着するだけでなく、

窓の開閉などでも室内に花粉を取り込む原因になってしまう。

多くの人が頭を悩ませるこの問題を、洗濯乾燥機は解決してくれる。

 

もちろん、衣類へのダメージ等を嫌う気持ちもあるだろうが、

そこは個人の判断に委ねたいと思う。

私の場合、干すという手間を減らし、洗濯から乾燥まで対応してくれる、

ドラム式洗濯乾燥機という存在からは、もう離れることはできない。

 

可能ならば、家に帰ったら即、風呂場に直行する事が望ましい。

大体、風呂場と生活空間は区切られているので、

花粉の侵入をそこで大幅にカットすることができるからだ。

 

仕事で疲れ果て、帰ってすぐベッドに横になるとくしゃみが止まらない・・・

花粉の時期がいつの間にか迫っている時、こんな事があったりする。

マクラカバーという聖域を、花粉まみれにしているのだ。

こういう時は、ベッド全体に花粉除去スプレーを使い、

一旦、風呂で体を洗い清めてからでないと、とても眠れたものではない。

 

以上が、私が主に行っている花粉との戦い方である。

最近では花粉症の治療というものもあり、

花粉の時期になっても症状が出にくくなるという。

これも一度やってみたいものだが、毎度忘れて一年が過ぎてしまう。

 

特に、花粉症一年生の方々には、治療など考えもしなかったことだろう。

もし、これから花粉症と付き合わなければならない、という方がいれば、

今回の記事を参考にしつつ、治療や対処を検討してもらえればと思う。

花粉症一年生に送る対策話(前編

お題「花粉症一年生へ」

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今年から花粉症になってしまった、

もしくは花粉症っぽいけど認めたくない貴方に贈る、

花粉症上級者からのアドバイスをまとめたいと思った今回のお題。

 

私は子供の頃から鼻詰まり気味で、口を塞がれただけで窒息するという有様だった。

やがてそれがハウスダストほぼ一年中の花粉症によるものと判明してから、

既に四半世紀以上を生きているので、花粉症上級者であると自負している。

 

とはいえ、医者に通う程のエリートでも無いので、

病院を使わない花粉症対策についてをまとめてみようと思い立った。

効果には個人差もあるだろうし、アレルギーは体質の問題なので、

効かなければ大人しく専門医に相談する事をオススメする。

 

 

1,家を出る前:花粉ブロックスプレー

2,家を出る前:BFE99%記載のあるマスク

3,出先:目薬は必携アイテム

4,帰宅時:衣服の花粉を落とす

5,自宅にて:加湿して、ドラムを回せ

 

 

 

1,家を出る前:花粉ブロックスプレー

 

家を出る前から戦いは始まっている。

というのも、花粉は日中帯にずっと飛び交っているので、

家を一歩出たその瞬間から、花粉を吸いこみまくってしまうからだ。

昨今の事情で皆マスクを常備しているが、やはり吸い込む事は防げない。

そこで、家を出る前に使いたいのがコレだ。

 

fumakilla.jp

 

元々はコロナ対策として「IHADA」と共に購入していたのだが、

コロナ対策としては効き目がイマイチ分からなかったので、

玄関にずっと放置されていたものだった。

ある時ふと、花粉対策にも使えると思い出して使ってみた所、

明らかに症状が軽くなったのだ。

 

自分はバイクで移動する事が多いのだが、そのまま運転していると、

乗り始めてすぐにノドがいがらっぽくなり、それが一晩中続くこともあった。

しかし、これをやってから出かけた時には、ノドのいがらっぽさも弱く、

それほど苦にならなかったという事がある。

 

もちろん、花粉の飛散量にもよるのだろうが、

個人的には効果アリとハッキリ感じる事が出来たので、

家を出る前と、職場から出る前などに使う事にしている。

 

 

 

2,家を出る前:BFE99%記載のあるマスク

 

花粉というのは、ごく小さいものである。

それを完全に防ぐのは難しいが、吸い込む量を減らす事ができれば、

体への影響を少なくすることもできるはずだ。

 

コロナ以降、マスクの質の問題も度々話題に上がっているので、

知っている方も多いかとは思うが、マスクにも性能基準が存在している。

ここでは分かりやすく、大雑把に分類を説明していく。

()内は、それぞれの大きさを表している。

 

・PFE:ウイルスを防ぐ性能(小)

・VEF:ウイルス飛沫を防ぐ性能(小~大)

・BFE:花粉を防ぐ性能(中)

 

こちらの記載には試験が存在し、それを通過した商品には、

大体パッケージに「BFE:99%」等の表記がされている。

表記の信頼性は正直よく分からないが、少なくとも参考にはなるので、

例えば下記のような商品を、私は選ばないようにしている。

 

www.amazon.co.jp

また、パッケージにでかでかと「99%遮断」とか記載があるのに、

どこにもBFEやPFEといった記載がない物は、

根拠の乏しい商品の可能性があるので、これも選ばないようにしている。

花粉対策、飛沫感染の予防という観点からも、

BFE,PFE99%カットのマスクを選択する事は、悪い事ではないはずだ。

 

 

さて、思わず長くなってしまったので、今回はここまでとしよう。

次回は後編として、残りを紹介していくつもりだ。

以前のベストバイみたいに長くならないよう、気を付けなければ・・・